コラム No. 85

DESIGN IT! PreConference 2005

2005年2月28日から3月2日までの3日間、ソシオメディア主催のカンファレンス「DESIGN IT! PreConference 2005」の主観的レポート。
http://www.designit.jp/

ソシオメディアがセミナーを開く、3日間、しかも有料(全日だと5万円超、けれども学割は7割引)。ダイレクトメールを見ながら、「アクセシビリティだけで3日間はきつくないか」などと考える。でも、講演者やタイトルを見ると、そんな単純な仕掛けではないらしい。

「DESIGN IT!…」の「IT」は、「それ」であり「アイティ」でもある。デザイナがデザインするモノは何であるのか、タイトル自体が問いかけだ。

並走セッションが多いので、全部を見れない構成なのだが、基本的には技術カンファレンスではない。コンテンツマネージメント(CMS)トラックでは、各ベンダーが30分単位で自社技術を語っていたが、純粋な技術論の話はここだけだったろう。「手法」が語られる場面も多かったが、その技術的な話よりも、それらをどう扱うのか、運用側の心理面で大きく考えさせられた。何人かの講演についてコメントと紹介を。

■B.J.Fogg 氏
(Stanford大学言語情報研究センター Persuasive Technology研究所所長)
http://www.bjfogg.com/
オープニングセッションで氏が語るタイトルは「人生とキャリアに影響力のあるデザイン」。まるで人生指南のようなタイトルだが、「デザイナの皆さん、自分の人生デザインしてますか?」という問いかけ。サイトはデザインしているが、自分の5年後のイメージが希薄な私にはインパクトのある問いかけだ。

氏は、ユーザがどのようにしてWebサイトの信頼性を得るのかを調査し、コンピュータが既存メディアと異なる点をまとめ、何が強烈なインパクトを持って受け止められるのかを研究している大家。学際派代表としての参加か。

氏は大きなインパクトで成功している戦略には8個の共通項目があるという:

  • Praise(ほめる/ほめられる->人を動かす)
  • Persistence(ねばり強い/無限の反復操作=コンピュータの特性)
  • Barrier reduction(障壁を軽減する)
  • Immediate rewards(即座に結果が分かり褒美がある)
  • Pain & fear(痛みや恐れ)
  • Social influence(社会的影響)
  • Stories(物語性/原因と結果や効果への流れ)
  • Hope(希望や期待)

何かを売らんとするなら、これらの項目にアピールする要素があるかで、市場に受け入れられるかどうか予測ができるだろう。「戦略」という言葉は私も使うが、それを体系立てて話せてはいない。感覚的なレベルで口にするから、伝わらないのかと反省させられる。後ろに膨大な調査データがあると説得力が異なる。(「Persuasive Technology」、日経BP社より近刊予定)

■J.J.Garrett 氏
(アダプティブ・パス共同経営者)
http://blog.jjg.net/
ジャーナリストからWebに入っていった実務派でありながら、開発プロセスを視覚的に分かりやすく表現できる大家。「ユーザエクスペリエンスを構成する5つのレイヤー」と「Web開発チームを成功へと導く9つの鍵(柱)」は、この業界にいるのなら一度は見るべき俯瞰図だろう。

ユーザエクスペリエンスを構成する5つのレイヤー:

  • Strategy(User Needs/Site Objectives)
  • Scope(Function Specifications/Content Requirements)
  • Structure(Interaction Design/Information Architecture)
  • Skelton(Information Design/Interface Design,Navigation Design)
  • Surface(Visual Design)
    http://www.jjg.net/elements/pdf/elements.pdf

Web開発チームを成功へと導く9つの鍵(柱):

おそらく多くのWeb開発者が実際に行っていることを、このような形でまとめることには大きな意義がある。全面的に正しいとするのではなく、議論がしやすいから。何が自分たちに欠けているのか、自問シートとも言えるかもしれない。(「The Elements of User Experience」は「ウェブ戦略としての『ユーザーエクスペリエンス』」として発売中)。

■黒須 正明氏
(独立行政法人メディア教育開発センター研究開発部 教授)
http://www.nime.ac.jp/
従来のユーザビリティの考え方を、「作られたものを評価し改善する」方向性中心の動きと捉え、それとは別流として、開発段階からユーザ中心志向を取り込んでいく開発プロセスの研究。そこには、売る(Webサイト公開する)前には、機能面中心(ユーティリティ性)の議論だけで、売ってしまってからのケアが疎かだったことへの反省が込められている。

ユーザは、モノを買ったり、サイトに接することで、安全性や信頼性やユーザビリティを評価する。それは既に売った後なので、開発者の手から離れている。そこえどんな深遠な反省をしたとしても、覆水盆に帰らず状態に変わりはない。ならば、リリースする前にきちんと考えようという流れである。

ISO13407を基盤として、人間中心設計手法を確立しようとする。担当者が時系列でころころ変わっていくより、同じ人間が最後まで面倒をみるべき。現場主義・当事者主義。問題分析の手法や、重み付けによる数値化手法。トップダウンの重要性や、それでも鍵となるのは個人差を消しきれない洞察力。

開発の現場では、余力がなくて、なおざりにしてしまいがちな問題を、理論的な力でぐいぐいとまとめ上げている。まだまだ複雑な課題には適応しづらい等課題もあるようだが、うまく接点をとれそうな予感を感じる。

通常語られる「ユーザビリティ」とは、本質は同じだけれど、アプローチの仕方が異なる研究。

■German Bauer氏
(Adobe Systems ユーザインターフェースチーム)
http://www.adobe.com/
「アドビ」は、デザイナの故郷とも言えるような会社だが、それは外から見た姿。社内から見える姿は、完全なエンジニアの会社だという。その中で、ユーザビリティの部隊がどのように育ってきたかの話。

1995年に一人のデザイナが入社し、それから10年で200名のユーザビリティ専門家部隊が形成される。1995年当時、たとえばNetscape社には40人のユーザビリティ専門家がいたと言うので、どちらかというと遅れていたと言える。

「デザイン」が会社に何をもたらすことができるのか、その啓蒙活動が、社内営業やニュースレターに始まり、デザインされた製品とされていない製品の比較検証(Before/After)情報提供などの教育のフェーズを通って、会社全体の戦略の域に達しつつある現状。

しかし、天下の「アドビ」でさえ、エンジニアからのデザインへの理解度の低さの壁は大きく、辛い時期が何度もあったようだ。申し訳ないが、励まされる。それでもへこたれなかったから今がある。そして、ユーザ中心のデザインが将来何をもたらすのか。

(ユーザビリティ)デザインは、「ツール」への影響、「組織」への影響、そして「開発プロセス」への影響へと地境(じざかい)を広げている。幾つかの日本独自の製品が生まれたのも、このユーザを直視する活動の一環だという。

リリース前のユーザビリティ検証が、開発の前段階で行われるようになり、よりグローバルに、戦略的に、ユーザ動向を予測したものへと変化して来たそうだ。「面白いものを作った」という宣伝に乗ってくれるユーザを「探す」段階から、より受け入れられる機能を探し「提供」しようとする段階へ。

デザインを理解しようとしない人たちへの不満を、不満という形で表すのではなく、社内経営者をコンサルする気で接したという。誰もがイバラの道を進んでいるのだ。

■長尾 和洋氏
(ソニー生命 業務プロセス改革本部)
http://www.sonylife.co.jp/
企業内業務システムのユーザインターフェース標準化活動の紹介。これも「一粒の種」が辿った戦いの記録。紫の画面に白の文字、そんなインターフェースを平気で出してくる開発部隊に痺れを切らした結果だという(多分本人が誇張している)。

(情報)デザインの定義を「情報を公開する技術」であると定義する。情報は、それがあるだけでは、伝わらない。伝わらなければ意味がない。伝えるためには技術が不可欠だ。情報をどこかに置けば伝わると錯覚するのは、時代錯誤も甚だしい。コミュニケーションを成立させるためには、今欠けている何かを埋めなければ、会社の将来にさえ悪影響がでかねない。

現状は、未だ目標の三割程しか達していないそうだが、先には「情報デザイン部」という目標もあるという。例えば、経営企画室から出される戦略などの情報を、伝わる「形」にし、コミュニケーションを成立させる部隊。社内に通しやすい形、社内が知るべき知識の形、社外に伝わり易い形。プロのなすべき仕事だ。

そこに従来の、マーケティング部や広報部が並列にあることを狙っている。その機能を既存の部が担う可能性を尋ねたら、新設の方が良いと思うとの答え。講演中、「心は形を求め、形は心を進める」と話していたが、一粒の種が育つに良い土壌は、新しい土壌なのかもしれない。

到達している三割というのはどのレベルか。3つのドキュメントとそれを遵守するという運用ルール:

  • Webアプリケーション デザイン原則
  • Webアプリケーション UIデザイン標準
  • Webアプリケーション HTML/CSSコーディング標準

アプリケーションの外部仕様策定時には、たとえ部長であろうと、これらを熟読しなければ口出しを禁止した。逆に不明なことがあればいつでも聞きに来れるように門戸を開ける。

孤軍奮闘していた時代は、「美しくない」とクレームを上げる度に「また始まった」と冷ややかな目で見られ、なぜNG(NoGood)デザインなのかを説明説得するのに長時間必要だった。

それがドキュメントが出来てからは、「個人の趣味」という逃げ道が断たれて、誰もが寄り添える「標準」に安心や共通認識レベルが構築されつつあるという。まだまだ「自慢はできないが卑下することはないアプリがつくれるようになった」レベルと謙遜するが、「見た目」と「構造」の違いを開発者が意識しだしたという意識の変革の意味は大きいだろう。

作り手の論理から、使い手の論理への変革。作り手が使う側の目で自分たちのタスクを見つめたとき、最終的に使われる生産性は向上する。開発は一時であるが、使用期間はそれより長い。最初に楽したが故の長期の苦しみか、最初に使われる姿を考え抜いて長期間喜んで使ってもらうか。経営的に見ても答えは出ている。

講演後の質問に答えて、孤軍奮闘からの脱却に際して、「トップダウンの力」を少なからぬ力として挙げていた。上司はデザインに特段理解のある人ではないらしいが、将来のアプリケーションにデザインが不可欠であることを見抜いていた。全幅の信頼ではないにしろ、とにかくデザインに関しては、氏を先鋒に立たしてくれたという。目利きも未来を開く。

■Marc Rettig 氏
(調査・デザインコンサルタント)
http://www.marcrettig.com/
医療機器のMRIの操作インターフェースのデザインから、図書館のリニューアルまで、多くのインタラクションのコンサルを行う大家。

仕事の依頼が来ると、先ずはユーザリサーチを行う。ユーザのニーズを分析しないことには何も始まらない。リサーチをしてから仕事を請けるか判断するという。但し杓子定規に断らず、なぜリサーチが必要なのかを根気良く説明し、密なコミュニケーションを通して、意味ある仕事に育てるように努める。

現場のユーザを見つめ、分析し、提案する。アイデアは基本的にはポストイットを多用したKJ法。とにかく現場の人と一緒に話すことが鍵だという。口調からは、素晴らしい「解」が浮かんでも、話し合う(巻き込むと言った方が似つかわしい)ことを端折らないようだ。

面白かったのは、提案段階で浮んだアイデアを下記4つに分類するという件:

  • Targeted(対象ユーザに適合)
  • High Value(高付加価値)
  • Luxuries(贅沢)
  • Strategic(戦略的)

作り込みたい機能を、「贅沢」の範疇で無理やり実装したりしていないか、クライアントの担当者との密な話し合いや意見の引き出しに心を遣っていたか。反省点が浮かんでくる。

最後に、一所懸命考え試作しても、まるで無料のコンサルをさせられるような案件に疲れると嘆いたら、「私も何度もやらされたよ」と温厚な顔で微笑み返された。言葉が返せなかった。それが進むべき道なんだよ、と後押しされた気さえした。私は、まだまだ青臭い。まだまだ努力したなんて言えるレベルではないのかもしれない。

■川崎 和男氏
(名古屋市立大学大学院芸術工学科研究科 教授/デザイン・ディレクター)
http://www.kz-design.net/
MacユーザとモニターのEIZOファンには紹介の必要のない、孤高の巨匠。数々のプロダクトデザインの中で、人工臓器のデザインが同じ文脈で並べられる稀有の巨人。EIZO関係以外の講演に初めて触れたが、最初から最後まで背筋がゾクゾクするデザイン論だった。

最初のポイントは、「文脈(コンテキスト)」。CMSトラックが同じコンファレンスであることも知っているはずなのに、「今さらコンテンツなんて語っていては駄目だ」と一括。これからは「コンテクストなんだ」と厳しく語る。

膨大な情報を「管理」することを先に考えて、CMSはこれからの鍵になると信じていた。しかし、氏の語りに触れていると、それでは不充分なんだと思わされる。勿論現時点ではCMSは時代にマッチしているし、進めていかなければいけない分野だ。でも、ユーザが見たいのは「コンテンツ」ではなく「コンテキスト」だというのには反論できない。

ある製品のページに行く。機能は友人から聞いている。価格だけが知りたい。でも知りたい価格情報には迷子になって辿り着けない。そんな経験は何度もある。機能情報や価格情報というコンテンツに着目したら、このシステムの欠点に気付かない。ユーザが望む状況で望む情報が得られているのか、その観点がなければ次世代に進めない。

デザイナたるもの、大志を抱け。できることで満足するな、先を見ろ。とてつもなく厳しいが、温かい「指導」がそこにある。

そうか、略せば同じCMSだが、「Context Management System」ってのはどうだろう。それって実はコンテンツを考えて、ユーザを見つめてナビゲーション考えているWebデザイナの仕事じゃないか。今の先にはそんな未来が創り得るかもしれない。

従来工法では不可能だった接合部品のない人工臓器、人工腎臓から発想を得た核施設の浄化装置、核燃料電池、家庭用ロボット。さまざまな情報の中で、デザインの力をまざまざと見せ付けられる。

哲学的な言葉の解釈論もあり、通訳の方の悲鳴が聞こえてくるようなセッション。でも氏が最後にテーマとして語ったのはとてもシンプルな話。データが情報となり知恵となったように、「思い(idea)」は「思い込み(think)」となり「思いやり(design)」となる。デザインの本質を日本語で語ってくれた。

誰のためのデザインか。「思いやり」という言葉ひとつで、答えと、これから広がるフィールドが目の前に広がったように感じた。こんなワクワクした現場に私はいるのだ。

氏の見つめる高みに行き着ける人はそうそう居ないだろう。地べたを這うような現場を固める人たちも必要だ。でも、一年に一回はこういった話を聞いておかないと、心がしなってしまう。

課題がなかった訳ではない。米国中心の外国人講演者編成に対しては、宿題が出た。特にアクセシビリティの分野では北欧が進んでいるという。配布資料も字が小さすぎたり、検索しづらいという構成的な問題もあった。並走セッションに同類のものが並んでいて、参加できなかったりもした。

都心での三日間カンファレンスにも厳しいものがある。交通的にアクセスし易いということは、呼び戻される可能性も高い。関係するタスクが事実上三日間停止するというのも辛い。

さらに言えば、今回のカンファレンスを本来聞くべきは、経営者層だ。今回のカンファレンスで語られた多くは、デザインを深く考える人たちには、本当に大きな宿題を残した。しかし、やはりこのままでは経営層に語れない。伝わる言葉に落とし込めない。

それでも、このカンファレンスに参加できて良かった。自分のフィールドの境界線を自分で決めていたことを改めて感じさせられた。もっとデザインには出来ることがある。制限しているのは自分の考え自身だった。

ソシオメディア代表の篠原氏の狙いは、「気付き」と「先端」と「インスパイア」。多少場違いにも見えるセッションを未来視点で組み合わせて「場」を提供し、その素材で集う人間を誘う。そして、そこから何が生まれるかをニコやかに鋭く見つめている。蒔かれた種から何が芽吹くか。「図られたぁ」と思いつつ、その餌に食いつき、その先を見たくなった。2005年11月の本カンファレンスが楽しみだ。
http://www.sociomedia.co.jp/

以上。/mitsui

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